暗号の進化:鍵配送問題、量子コンピューターetc【暗号解読(下)】(2冊目)

今回ご紹介する書籍はこちら

『暗号解読(下)』
サイモン シン著、青木薫訳
新潮社 2007/6/28 発行

本書を特にオススメしたい人

  • いつもとは変わった視点を持ちたい方
  • 量子コンピューターに興味がある方
  • 古代文字に興味・関心のある方
  • 雑学が好きな方
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目次

はじめに(本書の紹介)

現代人ならば普段何気なく使っているメールやインターネット、ECサイトでの通販。

これらはIT技術の発達により生まれたものですが、世界全体がIT技術でつながった時代は『誰でも情報を奪われる可能性がある時代』でもあります。

そんな時代でも情報を守るため、暗号技術も別種の生物と言えるレベルで進化してきました。

では、世界規模で情報がやり取りされるということは、暗号の進化にどのような影響を及ぼしたのでしょうか?

また、暗号作成者がIT技術の発達に対してどのような発想で立ち向かい、暗号を進化させたのでしょうか?

本書では現代に生きる進化した暗号とその未来、一部古代文字について上巻と同様丁寧な解説とともに述べています。

そして暗号作成者達の奮闘から、現状を打破するアイデアはいつだって無数の失敗から生まれることを示してくれる、そんな1冊です。

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読んで思った本書のポイント

1, 鍵の配送問題

実際、鍵配送問題の解決は、二千年以上前に単アルファベット暗号が発明されて以来最大の快挙とされているのである。

暗号解読(下)サイモン シン著、青木薫訳 111P

第2次世界大戦以後、IT技術の驚異的な進歩により世界はネットワークでつながりました。

また、プライバシー保護といった概念も生まれたことから、主に政治や軍事分野で使われていた暗号技術を民間でも使用する必要が出てきました。

しかし、暗号の使用者が一気に膨れ上がったため、古代より未解決だった『鍵』問題が暗号作成者たちの頭を再び悩ませたのです。


では『鍵』問題とは何なのか?


暗号の解読は突き詰めれば『元の情報を変化させたルール=鍵を突き止める』ことになります。

エニグマは毎日ルールを変えることで猛威を振るいましたが、これは莫大な費用を用いて『大量のルールを記した文書を関係者全員へ配布する』といった力技によるものでした。

仮に民間企業がすべての取引先に一々ルールを配布し、それを決まった期間ごとに更新するならば、莫大なコストと手間がかかるでしょう。

また、配布する人間が盗み見する可能性はゼロではなく、ルールがばれてしまえば複雑な暗号でも意味がありません。

つまり『鍵』問題とは『手間やコストをかけずに、鍵を安全に相手へ連絡する手段がない』ということなのです。

言葉にすると非常に単純なのですが、根底に関係した単純な問題ほど解決するのは非常に難しいのかもしれません。


本書では2000年以上も残されていた『鍵配送問題』が、暗号作成者たちの奮闘により解決していく様子を解説しています。

この奮闘はまさにトライアルアンドエラー、発想と失敗の連続なのですが、この試行錯誤の軌跡こそ本書で最もオススメしたいポイントになります。

鍵配送問題を解決に導いた一人であるマーティン・ヘルマン氏は次のように語ったと記されていますが、この言葉は非常に重く、情熱に満ちてます。

〔前略〕オリジナルな研究をやるということは、愚か者になることなのです。諦めずにやり続けるのは愚か者だけですからね。第一のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアはコケる。第二のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアもコケる。九十九番目のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアもコケる。百番目のアイディアが湧いて大喜びするのは愚か者だけです。しかし、実りを得るためには、百のアイディアが必要かもしれないでしょう? コケてもコケても大喜びできるぐらい馬鹿でなければ、動機だってもてやしないし、やり遂げるエネルギーも湧きません。神は愚か者に報いたまうのです。

暗号解読(下)サイモン シン著、青木薫訳 119P、120P

もし、暗号作成者たちが『愚か者』にならず途中でアイディアを出すことを諦めてしまったならば、鍵配送問題を解決できなかったでしょう。

そうなれば世界は今ほど広くつながらず、諸々の技術はここまで発展しなかったかもしれません。

2, 暗号は言語学から数学へ

では、鍵配送問題は最終的にどのような結論に至ったのでしょうか?

実はこの問題を解決する糸口もまたIT技術の発達にあったのです。

IT技術の発達、とりわけコンピューターの登場は暗号に対して3つの変革を起こしたと本書には記されていますが、その中でも『扱う言語の変化』が解決の糸口となりました。

コンピューターの言語といえば『0』と『1』で表される『2進数』ですが、これは『すべての言葉は数字に置き換わる』ということになります。

そして文字がすべて数字になる、ということは複雑な計算≒数学を暗号に取り入れることが可能ということになります。

暗号作成者たちはこの数学的な部分に着目し、『”非”対称鍵』という概念を作り上げ、鍵配送問題を解決に導きました。


これまでの暗号に使われていたルールは『対象鍵』と呼ばれ、『暗号を作るにも解読するにもAというルールを使う』という概念になります。

対して『非対称鍵』は『暗号を作るにはAというルールを使うが、Aでは解読できない。解読するにはBが必要』といった概念になります。

これならば暗号を受け取る側はBを秘密にしていれば良く、作成側はAだけを知っていれば良いことになります。むしろAはバレてしまっても問題ありません。


この非対称鍵の概念を読んで『そんな都合の良いものがあるのか?』と感じた方、私もそうでした。

暗号作成者たちは『関数』を用いることでそんな都合の良いものを実現させたのです。

本書ではこの関数の概要と実際の計算例を解説していますが、注目したい点は関数を構成する一つ一つの要素です。

詳細は割愛しますが、それぞれの要素は高校までで習った数学知識の発展系であり、それらが組み合わさることで2000年間不可能と思われていた問題を解決に導いているのです。

日常生活には関係ないと思っていた数学知識が、実は今の生活に深く関係していたと考えると、完全に無駄な知識というものは世の中に一つも無いのかもしれません。

3, 量子コンピューター

皆さんは『量子コンピューター』という言葉をご存じでしょうか?

SF小説を読まれる方、近未来を描いた映画やマンガなどが好きな方にはおなじみの単語かもしれません。

聞いたことがない方の為、ざっくり説明すると『パソコンなどとは段違いの性能を持つコンピューター』といったものが近いでしょうか。

この『量子コンピューター』はフィクションによく出てくる単語ですが、想像の産物では無く、今も研究が進んでいる次世代技術の一つなのです。


では何故、暗号の話で量子コンピューターが出てくるのか?


実は次に起こる暗号の進化はこの量子コンピューターにより引き起こされると考えられているのです。

というのも、IT技術の発達により進化した暗号は『絶対に解読不可能』といったものではないのです

コンピューターを用いたとしても解読するまで非常に時間がかかる事から『事実上解読不可能』とされている状態なのです


これまで暗号の歴史では『解読・作成に用いる機器(ハード)』と『解読・作成に用いる理論(ソフト)』のどちらかが進歩した場合、暗号の進化が起きました。

エニグマ解読の例をとれば解読のために『機械(ハード)』を開発し、用いたことが進化に繋がりました。

IT技術が発達すると『数学(ソフト)』を用いて非対称鍵が考案され、暗号作成者はこれまでに無い暗号が作ることが出来ました。

つまり非対称鍵を破るには新たな関数理論(ソフト)が考案されるか、現行のコンピューターを遥かにしのぐ性能を持つコンピューター(ハード)が開発される必要があるのです。

その為、桁違いの性能を持つとされる量子コンピュータが実用化された場合、次の進化が起こると予想されるのです。


ここまで読んだ方には『量子コンピューターが実用化されれば情報は抜かれっぱなしでプライバシーは無いの?』といった心配があるかもしれません。

ですが個人的には次の2点からそう簡単には情報は抜かれないと考えられます。

まず、1点目は『量子コンピューターを元にした新たな暗号が開発・考案される』からです。

次いで2点目は『その新たな暗号が開発されない限り、量子コンピューターが広く出回ることはない』と思われるからです。

1点目はこれまでの歴史を見てもほぼ間違いないでしょうし、2点目も家電量販店で『凄い性能ですが、情報は駄々洩れです』というPOPが付いたパソコンを自分が買うかどうか考えてみれば想像しやすいのではないでしょうか。

いずれにしろ量子コンピューターは実用化されれば間違いなく人類史に残る発明となりますが、その裏には『量子コンピューターでも解読できない暗号を作る必要がある』ことは間違いないでしょう。

4, 誰にも理解できない言葉は暗号である

ふと見たテレビ番組で方言を聞いた時、何を言っているか分からない、と思った経験はないでしょうか?

授業で古文を学んだ時に、意味が分からない、と思ったことはありませんか?

本書ではこれまでご紹介してきた暗号の他に、『古代文字』についても解説しています。


古代文字は文法や単語の意味、発音などが失われた言語ですが、見方を変えれば『内容を復元する為のルールが不明』ということになり、ある意味暗号ともいえるでしょう。

しかし暗号と大きく違う点は『遺物が出土した地域の情報』や『歴史』、もしかしたら『神話』や『名産品』などの知識が解読に必要になってくることでしょう。

そんな雑多な知識が必要なのか?と思うかもしれませんが、必要なのです。

古代文字が残っている遺物は、交易の収支計算なのか当時の権力者が出したお触れなのかは分かりませんが、何かの記録ということは間違いありません。

その記録を辿るには当時の情報を照らし合わせる必要がある為、様々な情報が必要になるのです。


本書で挙げられているエジプトのヒエログリフは当初『表意文字(文字一つ一つが何かを意味している、いわゆる絵文字)』と解釈されており、記された文面は抽象的な意味合いで翻訳されていました。

しかし、ロゼッタストーンに興味を持ったトマス・ヤングジョゼフ・フーリエの導きでヒエログリフに興味を持ったシャンポリオンの手により、ヒエログリフは『表音文字(その単語単体で音節を表す)』であることが証明されました。

この偉業は『ファラオの名前』が最初の鍵となっていますが、歴史を知らなければ思いつくことも出来なかったでしょうし、そこから他の単語を解読することも出来なかったと思われます。


未知の言語を解読する、それは”雲を掴むような”作業なのかもしれません。

ですが、誰も正解を知らない問題を解くには、本稿で紹介したマーティン・ヘルマン氏の言葉のように『愚か者』になり、それこそ何度失敗しても諦めない情熱が必要になるのでしょう。

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まとめ

本書は第2次大戦以後のIT技術の発達により進化した暗号、そして暗号の未来をメインに、一部古代文字についても解説しています。

上巻とは異なり数学的な部分が多くはなりますが、その理論を概念から順に解説している為、上巻と同様専門知識が無い私でも読み解くことが出来た1冊です。

また、どちらかといえば『解読者側』に立っていた上巻と比較して、本書は『作成者側』に立って論じている部分が多いことも特徴かもしれません。


非対称鍵の概念や古代文字の解読など、それまでの通説とは異なる視点で物事をとらえた結果、技術的なブレイクスルーが発生している事を本書は教えてくれます。

全てを疑い、通説とは真逆を行くべきとは言いませんが、目的地に到達するためにはその方法しかないのか、一度立ち止まり頭を柔らかくして考えることも重要なのかもしれません。


本書を手に取る機会があれば、すぐには読み進めず『どうすればこの問題を解くことが出来るか』を一度考えてみるのも良いと思います。

解説だけでも面白く、知的好奇心をくすぐる1冊ですが、考えながら読むことでより一層魅力的になることは間違いないでしょう。



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